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町内文化財案内看板一覧

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年10月4日更新
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文化財名
(リンク海田町HP)
文化財概要

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町内文化財案内看板一覧

1 旧千葉家住宅江戸時代、宿駅海田の要職を務めた千葉家(神保屋)の旧宅。書院が平成3年に広島県指定重要文化財、庭園が広島県指定名勝となった。庭園の見頃は、ツツジの咲く春と紅葉の秋。海田町公式HP
2 明顕寺梵鐘海田市の有力商人によって江戸時代に寄進されたもので、制作した植木氏(金屋)は、海田の一里塚付近に住み、芸州鋳物師筆頭総代を務めた。海田町HP(近世)
3 加藤缶楽の墓加藤缶楽(ふらく)は、江戸時代中期に海田市の庄屋を務めた。学問にも励み、飢饉対策として藩主に社倉法を提言した。海田町HP(近世)
4 貞福寺霊泉跡江戸時代に温泉が湧き出ていたと伝えられる。境内には五輪塔も多数あり、中世~近世の繁栄をしのばせる。海田町HP(近世)
5 畝観音免第1号古墳7世紀前半に築造された円墳で、海田湾岸最大規模の石室を持つ。ふるさと館で出土品を展示中。海田町HP(古代)
6 畝観音免第2号古墳1号・3号(滅失)と古墳群を形成している。石室の一部を残して失われているが、石室の規模は1号を凌いでいたと思われる。海田町HP(古代)
7 海田観音免のクスノキ広島県指定天然記念物(昭和61年指定)。中世の灘道沿いに位置し、樹齢400年以上と言われる。海田町HP(中世)
8 上安井古墳石室東広島バイパス建設時に発見された、東海田字上安井に所在していた古墳。3~4世紀に築造された。発掘調査後に石室のみ現地に移築。(準備中)
9 西谷第1号古墳6世紀後半に築造されたと思われる円墳で、横穴式石室・封土がほぼ完全な形で残る。海田町HP(古代)
10 御茶屋跡宿駅海田にあって、大名などが休泊した施設で、一般には本陣と呼ばれるが、広島藩では御茶屋と呼んだ。建物は現存していない。(準備中)
11 脇本陣跡代々海田市の庄屋を務めた加藤家(猫屋)の屋敷跡。宿駅業務のうち、脇本陣を務めた。建物は現存していない。(準備中)
12 真福寺聖観音菩薩立像室町時代の作と伝えられる一木彫の像。奥の谷川上流の真福寺から洪水により流された後、現地に安置されたという。海田町HP(中世)
13 旧山陽道経済・文化の中心である京・大坂と対外交流の窓口である長崎を結ぶ主要陸路。江戸時代に入り、海田市を通る海岸沿いの街道が整備された。(準備中)
14 十二神将立像薬師如来の眷属である十二神将が祭られている。檜の一木造で室町時代の作とされており、土石流により流出後、現在地に祭られたと伝えられる。海田町HP(中世)
15 街道松跡海田に残る最後の街道松として「名残の一本松」と呼ばれた。昭和61年枯死。(準備中)
16 小請山第2号古墳尾根上に位置する円墳で、6世紀前半に築造されたと思われ、付近に第1号もあり、古墳群をなす。海田町HP(古代)
17 串山城丘陵の尾根先端部に中世に作られた山城。本丸跡や溜井戸、堀切が現存する。海田町HP(中世)
18 稲葉道標熊野方面へ向かう赤穂道と阿戸・吉川方面へ向かう古峠道との分岐点に建てられている。昭和初期までは生活道としてよく利用されていた。(準備中)
19 城井手跡中世の山城串山城へ飲料水を送るために設けられた井手の跡。(準備中)
20 貞福寺のモッコク海田町指定天然記念物(平成16年指定)。同樹種では、県下有数の巨樹。(準備中)
21 畑谷貝塚黒曜石製の矢じりや貝殻が出土した、縄文時代の遺跡。(準備中)
22 三宅家住宅海田市の旧家三宅家(新宅屋)の住宅。江戸時代後期~明治時代に建てられた商家建築。平成29年、国登録有形文化財に登録された。【非公開】海田町HP(近世)