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今をときめくまちのあの人に会いに行く ボリューム4

海田町(カイタチョウ)にゆかりのある人を毎月ピックアップし、現在の活動や仕事から、海田町(カイタチョウ)への思いまで深掘りしていきます。

8月号では、東京オリンピック2020で聖火ランナーを務めた佐々木玲子さんを取材しました。聖火ランナーを志望した理由や点火セレモニーの様子、海田町(カイタチョウ)での思い出などお話しいただきました。

佐々木 玲子さん

海田町(カイタチョウ)出身/聖火ランナー

プロフィール

ささき・れいこ

海田南小学校、海田中学校、広島国際学院高校卒業。現在は広島リゾート&スポーツ専門学校にて、スポーツ業界の第一線で活躍できる人材を目指す。三歳違いの兄の影響で始めた空手や陸上で好成績(コウセイセキ)を残し、東京オリンピック2020の海田町(カイタチョウ)聖火ランナーに選出。

人生の節目で支えてくれた私にとって大切なスポーツ

私がスポーツを始めたのは、幼稚園の頃。家族全員で参加した海田町(カイタチョウ)健康マラソン大会がきっかけです。当時のことはよく覚えていないけれど、1kmのコースを完走し、満足していたと母から聞いています。もともと体(カラダ)を動かすのが好きで、その後は兄の影響もあり空手を始めました。最初は海田小学校の体育館で行われていた稽古に、のちに先生の道場にも通うようになり、小学生の間に黒帯を取得しました。稽古に人一倍打ち込んだのは、空手がすきということもありますが、母が病気になったから。私が懸命に道場に通い、上達していく姿は、弱っていた母を思いのほか元気づけました。「絶対に全国大会に出場するから、お母さんも必ず病気を治して」。当時、私が母と約束した言葉です。その思いは大きな原動力となり、初めて全国大会に出場した小学校2年生から、卒業まで欠かさずに目標を達成。そんな私の姿が励みになってか、母も数度の手術を乗り越え、無事病(ヤマイ)に打ち勝つことができました。入院時は私も心が不安定になり、一時は保健室登校のような状態になったことも。けれど、そんな時でも稽古は休むことなくかよっていました。空手という、根っから夢中になれるものが、心の支えになっていたんだと思います。

一つ一つの経験が道をつくる 聖火ランナーの大役を掴んで

心に刻んだ先生の言葉が夢を実現

空手を通して学んだことはたくさんあり、ノートに教えを記していました。当時書いた一つが、「チャンスを掴め」という先生の言葉。中学校と高校では陸上部にはいり、一方で、後輩の指導もしていた空手の経験が生かせればと、織田幹雄スポーツクラブのコーチに。学校では陸上部の活動を、学校外ではスポーツクラブで小学生と一緒に走ったり、試合出場のお手伝いなどをしていました。

切磋琢磨できるスポーツに身を置く日々の中で、たまたま新聞で見つけたのが、東京オリンピックに際した聖火ランナー募集のお知らせ。誰でも応募できるんだと驚いたのと同時に、「チャンスを掴め」という以前教わった言葉が頭に浮かびました。実はそれ以前に、西日本豪雨災害で海田町(カイタチョウ)が被災。私も復旧作業に携わり、そんな中で、当たり前のようにスポーツができる環境がどれほどありがたかったか痛感しました。また、大変な状況であるにもかかわらず、復旧作業にあたる私達に涙ながらに感謝の言葉をかけてくれる被災者の人もいて、心から「このまちと、まちの人達の力になりたい」と強く感じました。「私が聖火ランナーを務めることが、誰かの元気につながるかもしれない」。その思いのたけを応募書類に綴り、見事聖火ランナーの資格を手に入れられました。

多くの出会いが自分を作ってくれる

しかし、予期せぬ新型コロナウイルスの蔓延で、オリンピックは延期に。どうなるんだろうと案じていたところ、目に飛び込んできたのは、緊急事態宣言下(センゲンカ)の中でも人々を奮い立たせようとするアスリートの方達(カタタチ)の力強い姿でした。自分達がオリンピックに出られないかもしれないのに、人々を率先して励ますその姿は、私にとって大きな衝撃でした。

結局、公道での聖火リレーは中止になってしまいましたが、代わりに福山市で点火セレモニーが開催されることに。県内各地のランナーが集い無観客でトラックを走行。その様子は、ライブストリーミングで配信されました。海田町(カイタチョウ)での走りを楽しみにしてくれていた人も多くいたので、正直残念な気持ちはありましたが、この福山でも多くの出会いに恵まれました。各地域のランナーは年齢も性別もバラバラですが、皆、スポーツや平和に関する意識を高く持つ人ばかり。皆さんとは連絡先を交換し、今でも情報交換などをおこなっています。各地で頑張る皆さんから勇気や刺激をもらうことも多く、いつも励まされています。海田町(カイタチョウ)での聖火リレーはできませんでしたが、これらの出会いが何よりの財産になりました。

誰もが楽しめるスポーツの場づくりを

私は現在専門学校に通い、スポーツインストラクター科で、身体(カラダ)を動かす楽しさ・大切さを伝える知識と技術を学んでいます。夢は海田町(カイタチョウ)に、スポーツを通じて誰もが楽しめる場をつくること。実は今、織田幹雄スポーツクラブに入っていた時のつながりで、体操教室のお手伝いもしているんです。体操はまったくの初心者(笑)。けれど、そこに通う子ども達と同じ目線で、「楽しい」という気持ちを共有できています。

私がスポーツを通して多々の出会いがあり、励まされてきたように、きっと多くの人がスポーツからたくさんの感動や喜びを得られるはず。そしてそこでは、健常者も障がい者も関係ないと思うんです。障がいがあることで、ときに身体(カラダ)が動かしづらかったり、人間関係が円滑にいかないこともあるかもしれませんが、それに代わる大きな才能や心の在り方を持っている人がたくさんいます。健常者も障がい者も分け隔てなく、スポーツを通して何か一つでも得られるものがあるならば、私は全力でそのお手伝いがしたいです。

MY Favorite 海田のお気に入り

海田町(カイタチョウ)の町花・ヒマワリ

日の出町交差点にあったヒマワリ畑が大好きで工事でなくなると聞いた時、小学校の校長先生に「残してほしい」と直訴(笑)。今では母校で花を咲かせています。また、瀬野川沿いで咲く様子もランニング中に見るお気に入りの夏の景色。明るいヒマワリが町花で嬉しいです。

今をときめくまちのあの人に会いに行く 募集

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電話番号823-9212

メールアドレスkikaku@town.kaita.lg.jp

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