ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 分類でさがす > くらしの情報 > 税金 > ふるさと納税 > 「織田幹雄記念館」整備に向けた、ガバメントクラウドファンディングを実施しました!

「織田幹雄記念館」整備に向けた、ガバメントクラウドファンディングを実施しました!

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年1月7日更新ページ番号:0014046

【受付終了】ふるさと納税を活用したガバメントクラウドファンディングについて、ご協力ありがとうございました

織田幹雄

◆寄附金の募集結果報告について

 「織田幹雄記念館」の整備に向けたガバメントクラウドファンディングを、平成30年10月1日から令和元年12月31日の期間で実施し、
大変多くの方からご支援をいただきましたので、結果をご報告します。

○織田幹雄顕彰事業
 海田公民館内に日本人初の五輪金メダリスト織田幹雄さんの偉業や功績を広く後世に伝える場として、「織田幹雄記念館」を整備しています。
 2か年に渡る事業となっており、令和2年4月1日の開館を目指し工事中です。

 
  件数 金額
一般寄附(法人)

9件

145万円

ふるさと納税(個人)

56件 376万円

合計

65件 521万円


 皆さまからのあたたかいご支援、誠にありがとうございました。

 

織田幹雄さんの偉業や功績を讃えたい!

織田幹雄さんの偉業や功績を未来へ引き継ぐ

日本人初の五輪金メダリスト織田幹雄さん生誕の地である海田町に、「織田幹雄記念館」を整備します。

日本人初の五輪金メダリスト織田幹雄さん生誕地である海田町に整備する「織田幹雄記念館」は、
織田幹雄さんの偉業や功績を広く後世に伝える場として2020年の開館を目指しています。

2020年を海田町から盛り上げたい!

 私たちは、「日本人初の五輪金メダリスト織田幹雄さんの歩み」を今こそ全国に広く発信し、
来たる2020年のスポーツの祭典を盛り上げる最高の話題作りにつなげたいと考えています。

 日本中の期待に、ひたすら努力を重ねることで応え、見事に金メダルを獲得した織田幹雄さん。
織田幹雄さんを日本中の話題にすることで、海田町から2020年を盛り上げたいと願っています。
そして、織田幹雄さんの偉業や功績を未来に伝えていきたいのです。

「三段跳び」競技の名付け親である織田幹雄さん

アムステルダム大会で金メダルを獲得

織田幹雄 織田幹雄さんは、1905(明治38)年に広島県海田市町(現・安芸郡
海田町)で生まれました。身体は小さくても丈夫で、成績は優秀、学校
から帰れば、近所の子どもたちと野山をかけまわっていました。この遊
びを通じて、運動神経や強いバネが養われたそうです。
  
 1924(大正13)年、跳躍種目ただ一人の日本代表として、パリ大会
へ出場します。結果は三段跳びで日本陸上界として史上初の6位入賞を
果たしました。しかし、次期大会に向けた厳しい練習による怪我をきっ
かけに、スランプに悩まされます。織田さんは試行錯誤を続け、海外の
選手のものまねではなく、「跳ぶ」ということの基本に立ち返ります。
「いつどこに力を入れるのか。効果的な体勢は、踏み切りは。」毎日毎
日ノートに書き留めました。記録を集約すると、3度のジャンプの比率
が、6:4:5のときに距離が一番伸びることがわかりました。苦心の末、
「織田さんのジャンプ」が完成します。
 

金メダル

 迎えた1928(昭和3)年8月2日、アムステルダム大会三段跳で、15m
21cmの記録で優勝。織田さんは、日本人初の五輪金メダリストとなりま
した。織田さんは、「自分がそこまでやれたのはやはり努力だった。人は
主体性をもった努力・工夫が大事だ。それは人それぞれなりにやればでき
る。」と振り返っています。
 当時は、「三段跳び」という呼称はなく、「ホップ・ステップ・アンド
・ジャンプ」を略し、「ホ・ス・ジャンプ」と呼ばれていました。織田さ
んが世界を狙える記録を出したことが、名称変更のきっかけとなり、織田
さんが考えた「三段跳び」が採用され、金メダルを獲得することで定着し
ていきました。

織田幹雄さんにちなんだまちづくりを進めています!

スポーツ大会等様々な事業を実施

マラソン 
 今回のご支援は、織田幹雄記念館の整備や
スポーツ大会の開催に係る経費の一部に充て
させていただきます。

 織田幹雄さんの偉業や功績を広く後世に伝
える場として、情報発信を行い続けるとともに、
後進の育成にご尽力された織田幹雄さんの意志
を継ぎ、各種スポーツ大会を開催しています。



活動内容

・織田幹雄記念館整備
・織田幹雄スポーツ教室
・織田幹雄「金メダルの日」記念事業 ジャンプ&ラン大会

織田幹雄記念館の概要

陸上スタジアムをテーマに

記念館  記念館
 ※イメージ図です。変更となる可能性があります。


 織田幹雄さんは、若い頃は競技者として、引退後は指導者として日本陸上界の未来を切り拓いてきました。
そんな織田さんが生涯を通していつも輝いていた場所、それこそが陸上スタジアムだと言えます。
「織田幹雄記念館」は、この陸上スタジアムをデザインテーマとします。

 陸上トラックに模した「時代のフィールド」では、実際の陸上競技と同じ反時計回りで、実物資料やグラフ
ィックによって織田さんの生涯を紹介します。その周囲には、映像や小セミナーなどによって織田さんについ
て学べる「Odaシアター」、織田さんの遺した言葉を紹介する「言葉のギャラリー」、織田さんが遺した日記
や関連書物などをゆっくりと読むことができる「競技のライブラリー」を配置して、体験型展示を通して織田
さんの偉業や人間としての魅力を学んでいただける施設をめざしています。

 また、寄附金を頂いた方の銘板を作成し、織田幹雄記念館へ飾る予定です。


■2020年までの整備を目指して
イメージ図
  海田公民館外観イメージ

※海田公民館外観の館内に、織田幹雄記念館を整備します。


■建設スケジュール

事業実施のスケジュールです。
2018年 織田幹雄記念館建設着手
2020年4月1日 開館

事業に携わる方の思い

海田町長 西田 祐三

町長
■織田幹雄さんの志を受け継ぐ

日本人初の金メダリスト織田幹雄さんは、海田町に住む子どもたちに
とって、あこがれの大先輩です。

町内小中学校の子どもたちは、織田幹雄さんの紹介文を書いたり、外国
人留学生に英語で紹介したり、さまざまな学習を通して織田幹雄さんの
アスリートとしての偉大さや、グローバルな視点を持った「世界人」と
してのすばらしさを発見しています。

子どもたちは、織田幹雄さんの生き方や考え方にふれることを通して、
織田幹雄さんの志を受け継ぎ、将来に向けてはばたいてくれるものと思います。

 

寄附者のみなさまへ

海田町からのメッセージ

振興

 織田幹雄記念館は、日本人初の五輪金メダリストである織田幹雄さんの偉業
を広く発信する拠点となります。2020年を地方からも盛り上げていきたい。
また、そこから全国へ向けた海田町のアピールにつなげたいと考えていますの
で、ご協力のほどお願いいたします。

銘板への刻印について

5万円以上の寄附金をいただいた方の銘板を作成し、織田幹雄記念館へ飾る予定です。
※寄附金は令和元年12月31日までに申し込み申請があった方を対象とします。

ガバメントクラウドファンディングとは

自治体が事前に事業資金の用途を限定し、賛同者から寄附金を募集する仕組み。
ふるさと納税に係る税金の控除(個人のみ)を受けられます。

意見をお聞かせください

お求めの情報が十分掲載されていましたか?

ページの構成や内容、表現は分かりやすいものでしたか?

この情報をすぐに見つけることができましたか?

※1いただいたご意見は、より分かりやすく役に立つホームページとするために参考にさせていただきますので、ご協力をお願いします。
※2ブラウザでCookie(クッキー)が使用できる設定になっていない、または、ブラウザがCookie(クッキー)に対応していない場合はご利用頂けません。